「あなたの心に…」
最終章
Act.55 マナの歓び
修学旅行から帰った私は、真っ先に報告すべき人のもとへ走った。
といっても、走ったのは玄関から私の部屋までの短い距離。
だってさ、うちの玄関まではシンジと一緒だったんだもん。
アイツと一緒にいる時間は楽しいし嬉しいから、少しでもゆっくり流れて欲しいんだもん。
だから、解散地点からマンションまでホントにゆっくりゆっくり歩いちゃった。
シンジもこのスピードに何の文句もつけない。
ま、大好きな私のすることに文句つけられるわけないわよねっ!
ぼふっ。
自分で言ってて照れてりゃ世話ないわ。
ホント、数日前にこの玄関を出た時にはまさかこんな急展開になるとは思いもしなかった。
私とシンジはラブラブっ!
相思相愛の関係になるだなんて、さすがのママでも予測できなかったでしょうね。
え?報告すべき相手ってママのことかって?
馬鹿ね。もっと大事な人がいるでしょうが。
あ、人じゃなかったっけ。幽霊か、マナは。
「マナ、いる?」
いませんという返事もなし。
アタシの部屋はがらんどう。もぬけのからだ。
私は荷物をどすんと床に置くと、リビングにとって返す。
「ママ!マナは?」
「アスカ。挨拶がまだでしょう」
「あ、ごめん!ただ今帰りました」
私は丁寧にママにお辞儀した。
いつもなら、うっさいわねそんなことどうでもいいじゃないかたっくるしいのはきらいなのよ、なぁんて叫んでるところ。
でも、今の私はご機嫌さんなの。
だってさ、つい今さっき「じゃあねっ」って笑顔でドアのところでシンジと別れてきたばかりだもん。
機嫌が悪いわけがないでしょ。
「ははぁ〜ん」
ダイニングから腕組みをしてこっちを見ているママ。
にたりと笑って大きく頷いたその顔はホントに楽しそう。
「何がははぁんよ」
すっかりこっちの事情を見透かされているような感じ。
それでも、やっぱり確かめずにはいられないのはどうしてかなぁ?
ママはさらに笑みを深めた。
わっ、気をつけよっと。
私はママに似てるんだから、シンジの前ではああいう笑顔を禁止しよう。
あれじゃ邪悪そのものだわ、うん。
「そうか、旅先で全部丸く収まったってわけね」
頷くしかない。ママの言うとおりだから。
「まあまあ幸せそうな顔した上に真っ赤な顔して。キスくらいした?」
アスカ様ともあろうものがこんな単純な挑発に乗ってしまうとは…。
「ば、ば、ば、馬鹿なこといわないでよ!キスまではしてないわよっ!」
したいけど、ね。
大仰に否定する私に、ママはニタニタ笑っているだけ。
おかげで私は京都行きの新幹線からの話をはじめる羽目になった。
ちゃんと話さないと誤解されるだけだから。
で、結局私はマナの居所を聞き出す前に、ママにすっかり話してしまったの。
でもまあ、私も誰でもいいからシンジとのことを話したかったに違いないわね。
だって、ママに喋っている間、すっごく嬉しかったんだもん。
しばらくして、私はママと紅茶を啜っていた。
う〜ん、服も着替えないで結局惚気話を続けていたってことになるのか。
ま、いいわ。
今の私は全世界の人間に惚気てしまいたい気分。
ただしそれは気分だけ。
本当に世界の人に言いふらせるわけがない。
だって、恥ずかしいもん。
「でさぁ、マナはどこに行ったの?」
「パパとデート」
「あ、そっか」
ずずずっと紅茶を啜って…、私はカップをすべり落としそうになったわ。
「ち、ちょっと、今何て言ったの?」
「マナはパパとデートって言ったのよ」
ママはこともなげにそう言って、美味しそうに喉を鳴らした。
「本当にあの人ったらもう、愛する妻よりも若い娘の方を選んだのよ。酷いと思わない?アスカ」
見るからに口惜しそうなママだけど、問題はそこじゃない。
あの怖がりのパパがどうして幽霊娘とデートしてるのかってこと。
そのことを追求するとママはムッとした顔で私を睨みつけた。
「何てことを言うの?マナは我が家の娘でしょう。アスカがそう言ったんじゃなかったかしら」
言ったような気がする。
私の妹分なのだから、マナは我が家の娘も同然だって。
まあ、そのことに何の文句もないけどさ。
それでもだからと言って、ウルトラ怖がりのパパが幽霊と一緒に歩くだなんて…。
ダメ。想像もできないわ。
でも、きっと帰ってきたときのパパの顔だけは想像できる。
家に帰り着いてほっとしながらも、疲れた顔をしているに決まってるわ。
はずれた。
パパはニコニコ笑っていたの。
隣を歩いている…じゃない、空中をすべっているマナも本当に嬉しそうだった。
でもって、私は見た。
「よかったわねぇ、楽しかった?マナ」なぁんて言いながらも、パパを凄い目つきで睨みつけたママを。
目は口ほどにものを言うってこういうことなのね。
ママってすっごいやきもち焼きだったんだ。
たぶん、その娘である私も同じだとおもう。
シンジが別の娘と歩いてるだけで嫉妬に狂うはず。
ま、いいじゃないのかな?
それだけシンジは愛されているってことで。
覚悟しなさいよ。この私に好かれたんだから。
「えっ!本当っ!やったぁっ!」
私の予想通りの反応をマナはしてくれた。
重さがないからぴょうんぴょん飛び跳ねるってのとはちょっと違うけど、
ガッツポーズをして部屋の中を飛び回ってる。
私の身体にまとわりつこうとするんだけど手ごたえがないものだから、
中途半端に合体しているように見えちゃう。
私はもう慣れたからいいけど、これを他の人がやられたら悲鳴を上げて逃げ出しちゃうでしょうね。
あ、見てるだけでもすっごくシュールだと思うわよ。
金髪美少女の身体のまわりで明るい笑い声をあげながら暴れまわっている幽霊美少女…。
“美”をつけといてあげたわよ、マナ。
アンタだけじゃなくて、と〜ぜん私もご機嫌なんだからね。
「うわぁっ!シンジの妹だったの!あの性悪女は!」
「こら、マナ。もうレイを悪く言っちゃダメよ」
「だってぇ〜」
マナは唇を尖らせた。
「訳は今から話してあげるから、じっくり聞きなさいよぉ」
そう前置きしてから私は話し始めた。
修学旅行の話を。
マナは目を輝かせながら聞いていたんだけど、
途中で待ったをかけたの。
「あのさ、この話ってさ、事情を説明してるっていうより…」
「なに?」
マナはにたっと笑った。
「惚気てるだけじゃないのぉ?」
「あ、わかった?ぐふふ、惚気に決まってんじゃないっ」
開き直ることにした。
だって、このマナには何を惚気たっていいんだもん。
なにしろ、そもそもマナの要望でシンジと恋人に…。
ん……?
あれ……?
もしかして……。
「げげっ、アンタ大丈夫っ?」
「どうしたの、血相変えて」
「な、な、何平然としてんのよ!アンタ、苦しくない?えっと、そうじゃないのか。
この…ふわふわしてない?すがすがしいっていうか」
「はい?何言ってんの、アスカ?」
いつも通りのマナ。
「だ、だって、アンタ…」
「何よ」
「成仏は?」
「へ?」
「成仏」
「成仏?」
マナはじっくりとその言葉の意味を確かめていた。
ちょっとアンタ、ホントに大丈夫なの?
それとも嘘ついてたの…。
まるでお面のように表情が変わらない。
数秒経過。
不安になってきた私が声をかけようとした時、
マナの唇がぴくぴくと痙攣したみたいに動きはじめたの。
そして、目がくわっと見開かれた。
「うわあああぁっ!」
マナが叫んだ。
そして、パニック状態になって部屋の中を…中だけじゃない、
部屋の壁を突き抜けてリビングの方にも飛び出して行ってる。
「ちょっと、マナっ!ど、どうしたのよっ!」
こうなったら聴く耳持ってくれないのが、マナのパターン。
って、これが成仏ってことなの?
こんなに大騒ぎして天に召されるってわけ?
それより、まだお別れの挨拶も何もしてないじゃない!
こんなのヤだよっ!
「マナっ!待ってよ、まだ行かないでっ!お願いよぉっ!」
私の心からの叫びは完全にスルー。
マナはピンボールのように跳ね回っている。
「どうしたの、いったい!」
さすがのママも血相を変えて部屋に飛び込んできた。
「どうしたもこうしたもっ。マナが急に!」
「マナっ、落ち着きなさい!」
うっ。
ちょっとだけジェラシー。
いつも落ち着き払っているあのママが必死になってる。
…って、そんな場合じゃないでしょ〜がっ。
「成仏はどうなったのかって聞いたらっ」
「この馬鹿アスカっ!何てこと言うの。調子に乗って」
「調子になんて乗ってないわよ!」
「いいえ、シンジ君に想いが通じたからって有頂天になって」
「それは嬉しかったけどっ、調子になんて」
「黙りなさいっ。どうせ舞い上がってしまってマナの気持ちなんか考えてもなかったんでしょう!」
「ひ、ひどいっ!そんなことないわよっ!どうして決め付けんのよ!ママっ!」
「アスカはいつだって自分のことしか考えてないのよ」
「ま、ママっ!」
「はん、違うって言い切れる?マナはきっと成仏することなんて忘れていたのよ。
どうせ簡単に言ったんでしょう。しかもいきなり。違う?アスカ」
「うっ…」
よく考えてみたらその通りじゃない。
マナがうろたえるのも当然だ。
扉のところで腕組みして立っているママの前で私はうなだれてしまった。
やっぱり舞い上がってたんだと思う。
シンジと彼氏彼女になれたってことで。
マナの気持ちになってたらあんなに簡単には言ってなかった筈よね。
私って最低っ!
「ごめんっ、マナ!」
私は叫んだ。
顔を天井に向けて。
「私が悪かったわ!許してぇ!」
「うん、じゃ許す」
目の前で声。
いつの間にかマナが私とママの間に立っていた。
「ま、マナ…」
「こっちこそ、ごめん。パニクっちゃって」
微笑んでるマナ。
照れくさそうに掻けもしない頭を掻いている。
そこにぽんぽんと掌を叩く音。
「まったく、うちの娘たちといったら…。そうぞうしいったらありゃしない」
ママ…。
娘たちって言ってくれてる。
そうよね。
マナは私の可愛い妹。
本当は同い年だけど、ま、私が姉ということになってるの。
マナは文句を言ったけど最後には胸の大きさで黙らせてやった。
成長期の私は日に日に大きくなっているはず。
成長期に入る前だったマナと比べるのも可哀相だけどね。
人間と幽霊だけど、私とマナは姉妹。あ、美人って頭につけてよね。
ママも、そしてパパもそう私たちを見ていてくれてる。
それが凄く嬉しい。
「さ、アスカもマナも座りなさい」
ママの目がベッドを見やっている。
「うんっ」と二人の声がかぶる。
それがおかしくて二人で顔を見合わせて笑ってしまった。
「座ろっか」
「うん」
私とマナが並んで座ったその横にママが腰を降ろす。
私一人の重さを支えていたベッドが小さな悲鳴を上げたわ。
ついでに私もバランスを崩してママの方に寄りかかっちゃった。
すると、どう?
マナったら文句をつけんのよ。
「もう!ママに寄っかからないでよぉ」
あ、私とママの間にマナが座っていたの。
だから、私はマナの身体をすり抜けてママの肩にごんと当たったのよね。
「本当よ、アスカ。妹の身体を通り抜けるなんていけないんじゃない?」
しれっと言うママ。
勘弁してよ、まったく。
何しろ手ごたえが全然ないんだもん。
傾いちゃった体を自力で途中で止めれるわけないじゃん。
「そうそう。しっつれいよね、ママ」
嬉しげにママと調子を合わせてくれる。
ふん、当然私もそれに合わせてあげるわよ。
「ひっどぉ〜い。私のママなのにっ」
「ママは私のママでもあるんだもん。あ、もちろんパパもねっ」
「あ〜あ、しっかたないなぁ」
「ふふ、お姉ちゃんなんでしょ、アスカは」
「ふんっ、我慢しなさいっての?ま、いっか。我慢してあげる」
私はニンマリ笑ってやった。
「あら、急造のお姉ちゃんにしては聞分けいいわね」
「うんうん、アスカの癖に聞分けよすぎ」
言いたい放題に言ってくれてるわね、二人とも。
でも、私はそんな小さなことでは怒らないもん。
……、少なくとも今日はね。
「ふふん、だって、マナのシンジを自分のものにしちゃったんだもんねぇ」
「あああ!そうだった。私のシンジを奪い取っちゃったんだ」
頬を膨らませるマナ。
「そうね。妹の彼氏を取っちゃうなんて酷いお姉さんね」
「何とでも言いなさいよ。どんなこと言われても絶対シンジは返さないからね」
顎を上げてやった。
これは紛れもない本心。
金輪際誰にだってシンジを渡してやるもんか。
アイツはもう“私のアイツ”になるんだもん。
そう、マナには悪いけど、たとえシンジが私より先に死んでも誰にも渡さない。
死神相手でも、地獄の羅刹相手でも…。そして手薬煉引いて待ち構えていたマナ相手でも負けやしない。
すぐにシンジのとこに駆けつけて、俗世に引っ張り戻すか、それが無理ならシンジに何処までもくっついていってやる!
そんな決意に燃えながら、横目でマナを見た。
笑ってた。
楽しそうに。
嬉しいっ!
「私ってさ…」
くすくす笑いながらマナが喋りだした。
「ずっとお父さんと二人だったから…。
シンジのお母さんを自分のお母さんって思おうとしてた頃もあったんだ。
でもね、あの人はやっぱりシンジのお母さんなの。
どんなに優しくしてもらっても、どこか違うって気がして。
お母さんってどういうものかわからないくせにね、はは…」
「馬鹿…」
何が何だかわかんないけど、鼻の奥の方がぐっと熱くなっちゃった。
マナのヤツはときどきこんな泣かせることをぽろっと零すんだもん。
私はぐっと顎に力を入れて聞き返してやったわ。
「じゃ、うちのママは?」
「え…」
マナはママの方をちらりと見た。
そして、恥ずかしそうに笑って、鼻の頭をぽりぽりと…だから掻けないでしょうが、アンタは。
「ママは…」
マナに向ってママが微笑む。
実の娘が嫉妬に燃えるくらいに。
「一度でいいから、ぎゅって抱きしめてもらいたかった。生きていたときに」
カーペットにそんな言葉を降らせたマナ。
うわっ、胸がきゅんとなっちゃったじゃない。
コイツ、日頃はお馬鹿なことばかり言ってるのにここぞって時にとんでもないセリフ吐いてくれちゃうわよね。
「う、ふんっ」
言葉がすっと出なかったじゃない。
ふん、泣いたりするもんか。
私はお姉ちゃんなんだもんね。
咳払いした後に、私は素っ気無く言ってやったわ。
「じゃ、特別に乗り移らせてあげるわよ。ぬいぐるみよりも人間の体の方がそれっぽいでしょ」
「いいのっ?アスカ」
「その代わり、そのまま乗り移り続けたりしたら許さないからね」
「あ、その手があったか」
音はならないけど、ぽんと手を叩くマナ。
「じゃ、おじゃましま〜す」
「ちょ、ちょっと、ホントにすぐに出てってよ」
「こら、アスカ。そんな風に言うんじゃありません。
せっかくお姉さんらしいことを言ったっと、ママ感心してたのに」
「だ、だって。わっ」
マナの姿が急に消えた。
思わず自分の身体を見る。
手で胸やお腹のあたりを触ってみたけど、別にこれといって変な感じじゃない。
違和感なんて何処にもないわよ。これってホントに乗り移られてるの?
『うん、入ってるよ』
げっ、頭の中で声がした。
耳で聞いてはいないけど確かにそれはマナの声だったわ。
『アスカ、手を動かしてみて』
ん?
素直な私は右手を上げようとした。
あれ?力が入んない。
左手も全然動かない。
それどころか言葉も出ないじゃない。
げげげっ、これが話に聞く金縛りってヤツ?
『ごめんね、びっくりした?』
言葉にできないから頭の中で返事するしかない。
『全然。問題ないわ』
ああ、私って見栄っ張り。
『じゃ、私が動かすからね』
『お、お、OK。まったくもって大丈夫よ。さ、さ、さっさとすれば』
『ふふふ、アスカって可愛い』
くっ。全部お見通しってこと?
わわっ、私の身体が勝手に動く。
ベッドから腰を上げると、上体を左右に動かす。
「わ、動く、動く」
げげげっ、私の声じゃない。
『ちょっと、ど〜してアンタの声じゃないのよっ』
『う〜ん、アスカの身体使って声を出してるからじゃないの?難しいことはわからないよ』
なるほどねぇ…。
って、それだったらこのまま乗っ取られたら誰にもわからないってこと?
マナを信用はしてるけどやっぱり不安よ。
「よいしょ、よいしょ」
変な掛け声とともにマナは私の身体を動かす。
あのね、ラジオ体操なんかしないでくれる?
『あれぇ、変』
『な、何が変よ』
『身体が重いよ。私の身体はもっと軽く動いたのに』
『し、失礼ねっ。私はこれでもスレンダーなんだから。クラスでもね。
あ、そうか。アンタと違って胸が大きいからよ。うん、決定』
身体を勝手にされているからつい毒のある言葉を吐いてしまう。
『胸って…ああ、これか』
むにょむにょ。
こ、こらぁ〜、私の胸を勝手に揉むなぁっ!
…って、全然感じないじゃない。
ああっと、問題はそこじゃないわよ!
ママの見てる前でこんなことするなぁっ!
「こら、マナ。お姉さんの身体に悪戯するんじゃないの」
ママが微笑ながら言った。
へぇ、わかるんだ、ママには。
「へへ、ごめんなさい。ちょっと触ってみたかったんだ。アスカって大きいから」
へへんっ、どうよ。
でもまぁ、不気味よねぇ。
私の声でこんなこと言われちゃうと。
「さあ、いらっしゃい、マナ。
アスカって意地っ張りだから何も言わないでしょうけど、不安でたまらないはずよ。
貴女には悪いと思うけど、早めに身体を返してあげてね」
「うん、わかった」
『ごめんね、アスカ。ちょっとママ借りるね』
『あ、うん。ごゆっくりって言うのも変だけど、やっぱりゆっくりしていいよ』
これは見栄でも意地でもないわよ。
素直な気持ち。
『ありがとう、アスカ』
私の身体はママの胸に飛び込んでいった。
何だか変な感じ。
感覚はまったくないんだけど、背中に回してるママの腕の温かさ、
それにママの胸の柔らかさは伝わってくる。
不思議…。
ママもマナも何も言わなかった。
私も同じ。
ただゆったりとして気持ちよくて…。
どうしてママに抱かれているって感覚だけ伝わるんだろう?
マナはしっかりとこの感じを受けてくれてるのかな?
だったらいいんだけど。
「ああっ、やっぱりいいわねぇっ。自分の身体って」
私は身体を動かした。
う〜ん、屈伸運動とかしてしまうのはどうしてかな?
これだったらマナがラジオ体操してたの笑えないじゃない。
そのマナは幽霊の身体に戻ってもまだママに甘えてる。
ベッドでごろんと横になってママの膝のあたりに頭を置いている。
ママったら優しいんだから、触れもしないマナの髪を撫でてあげてるの。
その時だったわ。
マナがびっくりするようなことを言ったのは。
「ああ、気持ちよかった。
でも、どうして成仏しなかったんだろ。
私、そのつもりでママに抱かれたのになぁ」
Act.55 マナの歓び ―終―
<あとがき>
こんにちは、ジュンです。
第55話です。最終章の前編になります。
ずいぶんと間が開いてしまい申し訳ございませんでした。
マナは何故成仏しないのか。
シンジに未練があるのでしょうか。
さて、次回は『最終章』中編です。